第4話

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 でも男は平岡と正反対のタイプにみえた。穏やかで、周りの人と落ち着いた良い関係を築いている男。確かに自分は平岡のような男が好きだった。崇拝してもいた。才能があって、自分に過剰な自信があり、身の内に善きものだけでなく悪魔までも飼っている男。容貌の面でも彼は絢人の理想だった。百八十センチの大柄に毎日鍛えている体は、とても固く引き締まっていた。セックスの相性もぴったりだ、と思ったこともある。平岡によって絢人は自分の身の内にこんな欲望があったのか、と何度も歓喜することになった。関係を断ち切ったはずの平岡はいまだ夢の中に出てきて、絢人の心をかき乱す。そして失ったものを思い出させる。  あの客と、たとえば今晩寝ることになるなんてことはあるだろうか。彼は絢人のことを「綺麗な顔」と言った。あまりその手の男には見えないが、見た目だけでは図れないこともある世界だ。新宿のバーにはとてもゲイには見えない人達もたくさんいた。どうやって相手を誘うのかと思ってしまうような人でさえ。  ちょっと誘いをかけてみようか。自分から男を選ぶのは本当に久し振りだった。今日は帰ってもなかなか寝付けないだろう。一晩だけでいい、部屋中を覆い尽くしているだろうあの空気から逃げて休息を手にしたい。多分、誰かといることによってそれは容易になるはずだ。  目の前の中年のカップルにファーストドリンクを出し、世間話に軽く付き合いながら、絢人は胸の内でそんなことを考えていた。
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