第4話

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「お代わり、いかがですか」絢人は、先程からぼぉっとグラスを手で弄んでいる男に向かって、微笑みかけた。 「ああ、じゃあ同じものを」恐らく酒の味にも種類にもあまり興味がないだろう男は、グラスをちらりと見てそう言った。氷を割り、ジントニックを素早く作りながら絢人は男を観察する。 「スーツ、お似合いですね」 絢人の言葉に男は一瞬動きをとめ、それから 「ああ、ありがとう」と返事をよこした。そして 「君もその白シャツ、似合ってるな」と付け加える。「それ、制服なのか?」 「ええ、一応。といっても、僕ともう一人しか着ていなくて。オーナーは私服なんですけどね」  白シャツに黒いパンツ、腰の黒エプロンという格好は別に強制されているわけでもない。オーナーというより妻の佳帆さんの趣味で、バーテンダーはこういうシンプルな服装が一番映えるのよ、と佳帆さんは言った。オーナーは好きなものを着てもいいと言ったが、しかし、毎日コーディネートを考えたり、仕事柄どうしても服を汚してしまうこともあることを考えると、こちらの方がいいと絢人は奥さんの方に同意した。 「へえ。でも、白が似合うからいいんじゃないかな。君ならスーツも似合いそうだ」 「本当ですか? 実は僕、まだスーツは着たことがないんです」 「そうなのか」男は少し驚いたようで、「ええと、君は今何歳なんだ?」 「今年で二十三歳です」 「大学生?」 「いえ、フリーターです」 「そっか。まあ確かに就職活動とかしなけりゃ、着る必要もないしな」男はそう付け加え、絢人の鎖骨のあたりに目を添わせながら「でも似合うと思うよ」と言った。  ふうん、と絢人は思う。絢人は思い切って、賭けに出ることにした。勝負に敗れても、男がここに来なくなるだけのことだ。オーナーには客をひとり逃してしまって申し訳ないと思うけれど。 「お客様は、会社でも女の人にもてそうですよね」 「いや、そんなことはないけど。君の方がもてるんじゃないか? 働いてて客にナンパされることとか、あるだろ?」 「確かに声をかけて頂くことはありますけど」一瞬目を伏せてから、男の目を真っ直ぐに見つめ、絢人は口元に微笑みをたたえて言った。 「でも僕、女の子と付き合ったことはないんです」   
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