第5話

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 早くあの快感を共有したいと願いつつ、しかし今この瞬間を引き延ばしすことを愉しんでもいた。どちらが先に「もう行こうか」と言い出すか根競べをしているようでもあった。  それにしても、壮真との会話は単純に楽しかった。今夜はもうずっとこうしてお喋りをしていても良いと絢人は思い、しかしそう思った直後には、壮真の端正な顔立ちや、グラスを持つ骨ばった指や、ネクタイを外した胸元に目が吸い寄せられて早く二人きりになりたいとも思った。  店でのやり取りで壮真は絢人がゲイであることはわかっているはずだ。その上で誘ってきた。あとは互いに酔っ払っているのを口実にしてホテルになだれこめば良いだけ。 「そろそろ行こうか」そう言ってやっと壮真が立ち上がった時、絢人は切実にその台詞がホテルを指すことを祈った。帰らされたくなかった。気づかれぬようにそっと腕に目を落とすと、上京時に餞別にと親が買ってくれたバーバリーの文字盤は午前一時を指していた。店を出ると、壮真は絢人の方を見て言った。 「家、すぐ近くなんだ。寄って行かないか?」
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