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「俺? 俺は特にいないけど・・・そういえばこの前友達が君に似てるって言ってたあの俳優、俺は結構好きだな。独特な雰囲気があるし」
陳腐な会話、と絢人は思ったが、悪い気はしなかった。それにしてもこいつの喋りは、なんていうか男と女が初デートで喋るような、傍から聞いていてむず痒くなる類いの喋りだ。
自分は当事者になったことはないが、バーカウンターにいればそういった会話の定石にも詳しくなる。こいつは、もしかしたらゲイじゃなくて、バイセクシャルなのかもしれない。
「でも、絢人は本当によく映画を観てるな! 話してて面白いよ」
「俺も楽しい」と絢人は心から言った。酒を飲んでちょっとハイになっていて、だから日頃から思っていたことを壮真にぶちまけた。
「大体さ、映画を好きっていう奴って、大作のハリウッド映画しか観てないか、そういうのを馬鹿にしてフランス映画とかしか観ないってやつのどっちかなんだよな。だからなかなか話が合わないんだよ」
「確かにそうだ」と、持っていたグラスを音を立ててテーブルに置き、壮真は絢人の方に身を乗り出した。
「俺はこの前、職場の上司にバットマンが好きだって言ったら、そんなの女子供が観る映画だろって言われた。いや、あの映画は素晴らしいんだよ」
「ああ、今三部作の最後を上映してるよね? 俺も観たいと思ってたんだ」
「まだ観てないのか? 俺はもう観た。一番よかった」
「一番良かったって、三部作の中でってこと? へえ、ますます見たくなったよ」
絢人の質問には答えずに、壮真は
「じゃあ、今度一緒に行こう。俺はもう一度観たいと思ってたから」
と言った。絢人はちょっと面食らったけれが、
「いいよ。一緒に観に行こう」
と答えた。実現可能性についてははなはだ疑わしい、と思いながら。
「ちょっと、俺トイレ行ってくるな」
そう言って壮真が立ち上がり、店の奥の方に歩き出したとき、壮真の手が一瞬、絢人の頭に触れ、その大きく温かい手が絢人の髪を撫でた気がした。あるいは、酔っ払っていたからこその絢人の錯覚だったのかもしれないが。
でも。
……今まで忘れていたのに。
化粧室から戻ってきた壮真と会話を続けながらも、絢人の意識は先ほどまでの無邪気な興奮から、この後のセックスへの期待に向けられていた。
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