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「また司法試験に落ちたそうじゃないか」
尾崎は嬉しそうにオフィスに入ってくると、応接用のソファにどっかと腰を下ろした。
「イヤミを言いに来たの?」
「ははは、そんなんじゃないさ。君が落ち込んでるんじゃないかと思ってね。こう見えても心配してるんだよ。どうだね、お兄さんは順調だそうじゃないか。兄と妹は、血は繋がっていても、頭の構造は違うようだね。おっと、すまない、繋がっているのはお父上だけだったかな」
奏子は腕を組んで壁にもたれかかった。
「兄は今、留守ですが」
「そんなことは、入って来たときから知ってるさ。なんだ、ここは客人にお茶のひとつも出さないのかい。それとも、君はお茶のひとつも入れられないのかい」
尾崎は他の事務所に所属する弁護士で、奏子の兄である高木弁護士の同期である。奏子へ一度交際を申し込んでいたが断られたこともあり、何かにつけて事務所へやってきては奏子に心無い言葉を投げつける。
「悪いわね、私、お茶くみはしないのよ。事務の女の子は今日休みだから、飲みたけりゃ自分でやってちょうだい」
「ほお、じゃあ君はその事務の女の子ってのよりは、少しは立場が上なわけだ。俺から見たら、お茶すら入れられなくて傲慢な君の方が、使いづらいってもんだがな」
「残念ね。私はあなたに使われているわけではないの。いつまでも兄の事務所で世話になっているつもりもないわ。私なんて、どうせ司法試験も通らない、お茶も入れられない女ですから、どうぞ気になさらないで結構よ」
「まあ、そう自暴自棄になるなよ。兄上は、何時頃お戻りのご予定かな?」
「さあ、もうじきだと思うけれど」
「高木くんから頼まれていた資料、手に入ったんだよ」
「石田家の相続の?」
「ああ。しかし、用意周到だね、高木も。ここまで理詰めにしなくても、相手はうんと言うんじゃないか? 確かに大きな案件ではあると思うが」
尾崎は鞄から資料を取り出すと、ガラスのテーブルの上に置いた。奏子はポットにお湯が入っているのを確かめると、カップにインスタントコーヒーを作って尾崎に出した。
「コーヒーか」
「お茶は入れられないけど」
「そういうところ、好きだよ」
「私はきらいよ」
尾崎はふんと鼻で笑った。
「調べてみると、なかなかおもしろいよ。友人に頼んでね、警察の古い資料を引っ張ってきてもらったんだが、この森野という男、かなり深い」
「深い?」
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