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先生の名前は、森野政順という。
八つになったばかりの修司を村のはずれの小屋へ連れて行き、そこで二人きりの生活を始めた。小屋は、小さな滝が打ち付ける河原の横にあり、水に不自由することはなかった。
修司は初め、一切の言葉を発することができなかった。それは、言葉を知らないこともそうであるし、何か心理的なものが障害となっているようだった。ただ、先生の言葉は理解しているようで、反応は薄いながらも徐々に、従うようになった。
「今日は、晴れていますね」
先生は、朝起きると必ず、その日の天気を説明した。
「ほら、ご覧なさい。あすこの雲があるね、あれはもうじき山にぶつかって雨になるだろう。雨が降ったら川が増水するから、私の傍から離れてはいけませんよ。それまでは、畑をやりましょう。大根を間引いて、それを食べます」
修司はこくりと頷く。気難しそうな風貌ではあるが、先生は実に細やかで丁寧に教えた。午前中に畑仕事をし、午後には勉強も教えた。先生いわく、どんな馬鹿でも同じことを百回繰り返せば、空で歌えるようになる、ということだった。
また、先生は修司をよく褒めた。表情こそ変えることはなかったが、修司は褒められると、二も三も余計に手伝うようになった。これをすると褒められるということがわかると、教えてもいないことまでやってのけた。その中で、ようやく十二の春、言葉を発することができた。
「いけません」
先生は静かに驚いた。
「何がいけませんか」
「いけません」
修司は空を指さした。
「雨が降ります」
晴れて日は照っているものの、帽子のような雲が山を覆い始めていた。
「おお、そうですね」
「洗濯物は、干せません」
「よく気がついてくれましたね。ありがとう」
修司は俯きながら、どこか照れくさそうにしていた。
その頃、先生はたまに町に出るようになった。修司を連れて、大学だの病院だのを回って歩いた。修司は人が多くいる場所が物珍しく、また落ち着かないからか、先生の傍から離れることができなかった。大学や病院でも、先生はやはり「先生」と呼ばれていた。その子は誰ですか、と問われると、冗談めいた口調で「弟子だよ」と答えた。
「先生、僕は弟子ですか」
帰りの電車で、車窓の風景を目で追う先生に、真面目な顔で修司は問いかけた。
「ああ、そうだね。お前は、私の弟子だね」
「弟子とはなんですか」
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