古手川仁

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クエストが始まった。 瞼を瞑り、心を落ち着ける。 高鳴る心臓の音は誰かに殴られているような。破裂しそうな、ぎりぎりのところで縮んでいってる気がする。 「あー   」 眉を曲げ、上を向く。 小さな風が頬に当たった。 ゆっくり瞼を持ち上げて、景色を確かめる。 青い空が広がっていた。 さっきまで見ていた、太陽が近い空と何ら変わりはない。 「お兄さん」 ふと下の方から、か細い声が聞こえてきた。 視線を空から声がした方向へ移す。 俺の隣には年老いた婆さんが立っていた。上品な着物を身に纏い、腰を曲げ、杖をついている。 「お兄さん……この辺りに殺人犯がさ迷ってるらしいよ。警察が探しているらしいんだけど、見つからないんだって。怖いねー」 しわくちゃな顔で婆さんは俺に優しく語りかけてくる。 何もない空間に嵐を呼んだような。 気付けば、周りは人混みで溢れかえっていた。 しかも場所はクエストボックスの目の前だ。向かいには、身を潜めたあのガラス張りの喫茶店がある。 街中で鎌を持っている俺が殺人犯みたいだ。
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