65人が本棚に入れています
本棚に追加
/127ページ
この人を喰ったような口調は。
ひりついた空気をも無視して溢すこの遠慮の無い微笑は。
驚愕に瞼を頻りに瞬かせる京介を今度はバックミラー越しではなく助手席から顔をヒョイと覗かせて見てくる、その女性は。
「こんばんは、錦京介君。
ちょっと遅れて悪かったね」
夜の薄暗さで顔は見えにくいが、彼女は紛れも無く昨日会った自称探偵の女性……櫻井真澄だ。
「よっ……良かったぁ……!
この世の終わりかと思った……」
一気に全身から緊張感や危機感が抜け落ち、恐怖からの脱却による安心感に満たされていく。
堪らず京介は後部座席のシートに大袈裟に寝転がり、おそらく今年最大であろう溜め息を溢した。
尤もやはりと言うか、対して真澄は緊張感の欠片も無い様子で未だ愉快そうに笑っているわけだが。
「わっ、笑い事じゃないですよ!
遅刻なんかしないでくださいよ、本当に怖かったんですから!」
「あはは、ごめんごめん。
晃が道に迷ったせいで」
「迷ってねぇよ、お前が身嗜みに時間掛けたからだろうが」
声を荒げて不満を口にする京介をあしらう真澄に反省の色は無し。
どこまでも高慢不遜な性格だ。
一方、とばっちりで方向音痴疑惑を擦り付けられた運転席の女性はまた小さく舌打ちを鳴らし、今度は申し訳無さそうな声色で京介に言葉を投げ掛けた。
「ウチの間抜けが失礼したな……さっきのアタシの無礼と合わせて謝らせてくれ、すまん」
ガシガシと乱暴に髪を掻きながら『晃』と真澄に呼ばれた女性は、控え目にだが詫びた。
最初のコメントを投稿しよう!