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廊下の奥は広いワンルームで、シングルより少し大きめのベッドが部屋の奥に置かれ、その手前に二人用のソファとテレビが向い合せで置かれていた。室内は壁と床が白色で統一され、家具は全てダーク系の色でまとめられている。でも何よりも絢人の目を引いたのは、ベッドの奥の窓から見える夜景だった。
「こんなのが見えるんだ」窓ガラスの遥か向こうにはビル群が立ち並び、その合間を縫うように高速道路が走っている。線路らしきものも見える。視線を少し左に逸らせば、漆黒の海と湾岸の倉庫や工場も見える。
「こっちからだと、東京タワーも見える」
ベッドの脇に立った壮真に手招きされ、壮真の横に立つと左の奥に東京タワーが見えた。田舎者の性かもしれないが、絢人は東京タワーをみると特別な気持ちが湧く。それはときめきであり、安堵であり、二つが混じり合ったような複雑な気持ちである。たぶん絢人にとって、東京タワーは象徴なのだ。都会と、孤独、一人で生きていく者としての。
「夜景、好きなの?」
「ああ、それでこの家にしたんだ。決める時、十軒ぐらい見て回ってな」
「へえ」
やっぱりこの男、ちょっと変わってるんじゃないだろうか。ロマンチストなのだろうか。それとも、元々ノン気の人? もしくはバイだとしてもストレート寄りだとか。
突然の夜景で昂った気持ちが落ち着いてくると、先ほどまでの緊張が戻ってきた。どうしたらいい? どうしたら喜ばれる? この男はどこまで望んでいるのだろうか。
「コーヒーを淹れようか? それとも水でも飲むか?」
壮真が声をかけてきた。壮真の方を見ると、壮真も緊張しているのか、絢人には目を向けず棚の上の何かをいじっている。
それを見たらもうどうにでもなれ、という気がした。
「どっちも要らないよ」
壮真に近づき、自分より少し背の高い男の腕をつかんでこちらに引き寄せ、絢人はキスを仕掛けた。
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