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二人が出会ったときのエピソードを完結させる頃には、駐輪場に着いていた。二人で下校しようとしている高校生の男女。
これだけを切り取れば、恋愛関係にあるか、甘酸っぱい青春を謳歌しているように見えるかもしれないが、会話の内容を聞けばそうは欠片も思わないだろう。
自転車の鍵を開けている男子学生の後ろで、白衣の女子学生が口をとがらせる。
「先輩の記憶が都合のいいように改ざんされているに違いありません」
「そんなわけあるか。あの場面のどこかで自己紹介されてたら、ぜったい覚えてるし」
「どうですかね。初対面の相手に自己紹介もしなかった人ですから。記憶から抜け落ちてることだって全然ありえます」
達也は自転車を押しながら少女の横を歩く。名前も知らない女子と親しくしていることに今さら違和感を覚えながらも、今は違うことが気になっていた。
「なあ」
「なんです?」
「おれって、名前教えてないよな?」
「そうですね」
「じゃあ、なんでおれの名前知ってんの?」
当然の疑問だった。
名乗ってもいない。高校生にもなって名札なんてものは無いし、体育の授業時間もかぶってないから、そういった経緯で知ることもない。
しかも、この少女は名字の荒木だけでも名前の達也だけでもなく、荒木達也のフルネームで知っていたのだ。不思議に思わない方がおかしい。
とはいえ、この時点でなら、先輩が他の人から呼ばれてるのを何度か聞いたことがあるとでも言えば誤魔化せた。
だが少女は、達也が名字か名前のどちらかだけでしか呼ばれていない可能性を恐れて、うまく嘘がつけなかった。
「そ、それはいいじゃないですか! ほら、自己紹介の機会なら他にもあったはずです!」
「機会って、おまえ……翌日のあれとか?」
「それですよ! 思い出してください!」
おまえと呼ばれたことに怒っていたはずの少女は、それを注意することも忘れ、ぎこちない笑顔を浮かべている。
それもそうだ。荒木達也は、この少女に名前を教えたことなんてないのだから。
少女はただ、先輩が想像以上のバカでありますように! と深く祈る。
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