おまえの名前を知りたいんだが

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二人そろって職員室を出ると、達也は後頭部をガシガシと掻いた。帰りの際、女性教師に「あたし、渡辺ね。担当は日本史だから」と言われたのだ。 つまり、渡辺が白衣の問題児の話をしたところ、達也の担任が反応して、じゃあ任せてみますか。となったわけだ。 こっぴどく怒られてもいいから、存分に下手な嘘をついてりゃよかったと、達也は苦悶する。今さら後悔してもどうしようもないのだが、彼にはそう簡単に現実を受け入れるだけの度量はない。 だから、白衣の彼女が「なんでこんな人の世話にならなきゃいけないんですか」と言いながら、昇降口とは真逆に進もうと、とりあえずついて行って、落ち着けるだけの時間を確保しようとしているのだ。 これから少しの間、道案内をしなければならないのだから、どこで何時くらいに待ち合わせるだとか、会話が成り立つくらいには親交を深めておいた方がいいだろうかといった良識を持ち合わせている達也は、どこへ向かっているのか分からない少女に声をかける。 「なあ、おまえって、何時くらいに学校来てるんだ? そもそも学校まで来れるのか?」 「そうですか。さっそくストーカー行為に出るわけですね。さすがは変態先輩です」 「変態は余計だっつの。つか、ちゃんと答えろよ」 少女は達也の方に振り返り、何の遠慮もなく盛大にため息をつく。達也は到底先輩に対してとは思えないそんな態度に眉ひとつ動かさない。 世話するのは友達ができるまでで、そこから先は関係ないのだから、取り立てて注意することもないだろうし、一々反応していたら疲れるだけだと割り切った。 そんな心の内が知らずと表情に出ていたからか、少女は眉をひそめる。 「わたしは頼んでませんから」 「だったら、友達つくるか、方向音痴なおしてくんない? たぶんだけど、これから先おまえが遅刻するたびにおれも怒られるだろうし」 「面倒なら、やめてもいいんですよ? と言うより、やめてください」 「いいんだな?」 「もちろんです」 割り切ったつもりだったのだが、高校二年生の荒木達也はそこまで出来た人間じゃない。 「そんじゃ、帰るわ」 「えっ……」 小声で驚く少女を無視し、達也は足早に近くの階段を下りていった。
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