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達也を黙らせたい時には、すねを蹴るのが二人の間――というよりは白衣の彼女――の決まりのようなものになっていた。
そのおかげで、達也は往来のど真ん中や学校の廊下、果ては登校してくる生徒がたくさんいる昇降口でうずくまることとなり、幾度となく煮え湯を飲まされてきた。
そして、こういう時は決まって達也はなんのことか分からないまま、話を聞かされることになる。痛みからようやく解放されると同時に少女は口を開いた。
「わたし、クラスの人たちからすると変人らしいんですよ」
「ん? そりゃ、白衣着てりゃあ変人扱いされんじゃねえ?」
少女は大きく息をつく。これもいつも通り。何にも分かってないんですね。だから駄犬なんですよ、駄犬。と目が語っているのはご愛嬌。それに加えてメガネの向こうに失望の色も見受けられる。
「先輩、世間の風当たりってきついんですよ。知ってました?」
「当たったことないから分かんね」
悪びれる様子もなく、ではなく本当に悪いと思っていない達也に対して、やっぱり駄犬でしたねと心の中で吐き捨てた少女は人差し指でメガネの位置をなおす。
「そんな変人に彼氏らしき人がいたら、どうなると思います?」
「ああー……、そうなるか。悪い」
「いいんです。その程度でわたしを避けるようなら、きっと友達になんてなれませんし」
嘘ではなかった。でもわざと冷たい物言いをしている。それを少女は自覚していた。達也もそれとなく気づいてはいるのだが、気の利いた言葉なんて言えるはずもなく、ただ一言。
「帰るか」
それだけ。返事はしないが、少女は校門に向かってまた歩き始める。その三歩後ろを情けない面のヘタレがついていく。
「杉浦静香です」
「え、なに?」
「わたしの名前です。杉浦静香。静かに香ると書いて静香です。次におまえって呼んだら本気で怒りますから」
「おれは荒木達也な。よろしく、杉浦」
ちょうど校門に着いた二人は向かいあう。
「それじゃあまた明日ですね、荒木先輩」
「そうだな、杉浦」
一度は達也に背を向けた静香だったがすぐに向きなおる。
「先輩、早くご両親『を』紹介してくださいね」
「またそれか。絶対しないからな!」
この後、それぞれ『一人』で帰ったのだが、人通りの少なさに気付いた達也が静香を探しに行ったのは言うまでもない。
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