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その後、五分間にわたり身振り手振り誠心誠意できる限りの礼節を用いて身の潔白を証明した達也の姿は、まさに、浮気じゃないんだ信じてくれよハニーな状態に他ならなかった。
そんな必死の説得もむなしく、静香は、今回は見逃してあげるけど次やったら別れるからといった態度で終始無言だった。
「もしそれが本当だとすると、原因はわたしにあるみたいじゃないですか」
「みたいじゃなくて、実際にそうなんだけどね」
不服そうに唇を尖らせる静香とは違い、達也は静香の自己中心的な態度も決して信じようとはしないその姿勢にも顔色を変えない。表面上は。
達也は普通だ。
だから、身に覚えのないことで不機嫌な態度を取られては、達也も気分はよくない。ストレスであるともいえる。
だというのに、どうして表情に出さなかったり、無駄に謝り続けたのか。それは、自分が『とりあえず』の存在だと思っているからだ。
携帯電話を買うと、お店の人が「とりあえず電源はつきますけど、家に帰ったらすぐに充電してくださいね」と言う。達也は自分を、その少しだけ入っているわずかなバッテリー充電分のように思っている。
静香に友達さえできてしまえば自分は必要なくなるのだから、目くじら立てるだけ無駄だし、言い返しても絶対に反論されて、それどころか暴言まで吐かれるのだから、とりあえずは下手に出ておいた方が楽だと考えている。
とはいえ、降りかかる火の粉は少ないに越したことはない達也。何もないよりはマシだと感じる心のバリケードを張るために質問をする。
「なんで嫌いなんだ?」
「逆に聞きますけど、先輩はあの人のことどう思いましたか?」
「見た目は美人だったな」
言ったあとに静香に蹴られるのではないかと思い、身構えた達也だったが、静香は安心したように右手を胸において息をついた。
「その通りです。あの人がきれいなのは外面だけです。初見でそこに気付けたことは評価します。喜んでいいですよ、先輩」
「ああ、ありがとう」
達也は言えなかった。杉浦の姿とデジャヴったからとは。
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