おまえの名前を知りたいんだが

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四月上旬。 始業式があった。一年生は、まだ知り合ったばかりの級友と、どこから来たのかだとか、どこの中学出身だとか、何の部活に入るだとか、そんな『とりあえず』な会話を楽しむ。 二年生、三年生はクラス内に見知った顔がいることもあり、これまでの高校生活でできた友達や、部活仲間を通してクラスの輪をどんどん広げていく。 二年と三年で違うところがあるとすれば、受験の話が出ているかどうかだろう。 荒木達也の通う県立沼川田高校は、それなりの進学校である。 大学や短大などに進学する生徒、しない生徒。進学しても、国公立から『とりあえず』で決めた私立大学までそのレベルはピンキリだ。 荒木達也は、どちらかというと『とりあえず』で物事を進めるタイプの人間だ。 疲れたらとりあえず寝る。宿題だからとりあえずやる。テスト前だからとりあえず勉強する。いいよって言われたから、とりあえず勧められた音楽を聴く。 始業式が終わり、教室でのホームルームの途中、担任教師で社会科教諭の村田がプリントを忘れたことに気付いた。 村田は職員室か、社会科準備室のどちらに置いてきたかを思い出せず、しかも運の悪いことに職員室と社会科準備室が校内でほぼ対角線の位置にあったため、社会科準備室のほうを出席番号が一番でドアにほど近い席に座っている荒木達也に頼むことにした。 表面上は快諾した達也であったが、実を言わなくても、かったるく思っている。 達也の所属する二年五組は、社会科準備室から遠い。職員室よりも。職員室が生徒にとって入ることがはばかられる領域であることを考慮しても、社会科準備室へ行くのは億劫だ。なぜなら、準備室だって職員室を小さくしたようなものだからだ。 面倒だ。本当に面倒だ。 どうせなら、携帯をいじりながら時間をかけて行ってやろうなんて小さな嫌がらせを思いつき実行に移していると、新入生用に貼り出された校内地図とにらめっこしているメガネの白衣が目に入った。 このとき、困っていそうだから『とりあえず』声なんてかけなければよかった。達也は今でも本気でそう思っている。
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