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意を決して顔をあげると
経理部長と目があった。
部長は席をたってこちらへ近づいてくる。
そしてわたしの席の横に立つ。
うなだれたわたしの耳に飛び込んできたのは
思ってもなかった言葉だった。
「鈴木さん。このたびは残念だったね…
でも鈴木さんが仕事を辞めることもなく済んでよかったよ。」
「え?」
どういう意味…?
わたしは昨日まで
会社にはもう二度と来ないつもりだったのに。
その言葉の意味は
後輩の前田優樹菜が、そばへきて小声で教えてくれた。
「青山さん、昨日、異動願いを出したらしいですよ。
鈴木さんには何も非がありません。僕がこの場所を去ります。って
たぶん近々正式に辞令が出されると思いますけど、
大阪支店に転勤になるみたいですよ。」
優斗がそんなことを…?
せめてもの罪滅ぼしのつもりだろうか。
もちろん優斗を許すことはできない。
でも…。
わたしの居場所はまだ残っているようだ。
優樹菜がまた口を開く。
「そもそも、青山さんにはちさ先輩はもったいなかったんですよ!」
「てなわけで、来週のコンパ、ちさ先輩も来てくださいね!
大人の女性連れて来いって言われてるんです~」
上目づかいで優樹菜がわたしの顔を覗き込む。
その様子を見ていた人事の後藤さんが隣の島から口を挟む。
「お前は鈴木を餌にしてるだけだろ!それより鈴木、今週俺と食事でも」
隣にいた亜未がそれを聞いて厳しく一言。
「後藤さんは再来月入社する新入社員のリスト制作しなくちゃいけませんので、そんな暇はありません。」
どっとフロアに笑いが起きた。
みんな、わたしを励ましてくれている。
ちょっとわざとらしいけど。
わたしのことを思って言ってくれている
気持ちがすごく伝わってくる。
なのに、わたしはみんなの顔色ばかり伺って。
わたしの同僚はこんな良い人ばかりだったのだ。
なのに、勝手に姿を消そうとしたりして…
「すみません…。みなさん、ありがとうございます。」
そう言ってわたしはまた俯いた。
今にも涙がこぼれ落ちそうだったから。
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