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午後からの仕事は全然手につかなかった。
定刻通り仕事を終えて、
脇目もふらず家路を急ぐ。
とにかく早く
サトルの顔が見たかった。
そばにいるんだろうけど、
やっぱり顔を見て話したい。
あの歳に似合わない可愛い笑顔が見たい。
最近やっと聞き慣れ始めた
あの関西弁で
話しかけてほしい。
マンションに帰ってきて
急いでドアを開ける。
あんなに開けるのが嫌だった
思い出がたくさんつまったこの部屋も
最近はサトルに会える部屋だと思うと
居心地さえもよく感じる部屋に
なりつつある。
「ただいまっ」
誰もいない部屋に向かって言う。
「お帰り千里。」
リビングのソファに腰かけて
サトルが柔らかく笑い
いつものように冗談を言う。
「そんな急いで…そんなにオレに会いたかったん?」
その冗談を笑い飛ばす余裕はなくて。
半分泣きそうになりながらわたしは言ってしまう。
「サトル。
わたしサトルがいてくれたら幸せになれるよ。」
困らせることは分かっているのに。
口が止まらない。
「…好きなの…」
その言葉にサトルは瞳を揺らしながら
わたしを見つめる。
「千里、オレは…」
「言わないで!」
サトルが何か言おうとしたけれど、
わたしは遮る。
「わかってる…わかってるけど…」
どうしようもないこの気持ちに気づいてしまった…。
また涙が込み上げる。
サトルに会ってからわたしは泣いてばかりだ。
決して、好きになってはいけない人なのに。
心臓がぎゅっと掴まれているかのように苦しくて。
喉の奥からひきつった嗚咽が漏れる。
子供みたいに泣きじゃくるわたしを見て、
サトルは困った顔をしてオロオロしている。
「っく…ご…ごめん…一人にして…」
早く会いたくて
急いで帰ってきて
サトルを呼んだのに、
一人にしてくれ、だなんて
なんて身勝手。
まるで、子供のやることだ。
バカだ。
桜が咲くまでに
幸せになんてなれそうにない。___
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