出会い

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冷たい風が頬をかすめて吹いている中 わたしは目の前の手摺に手を伸ばす。 黒いその鉄の棒は冷たくザラっとした手触りで 不快感を覚える。 だけど、そんなこと関係ない。 死んでしまえば何も関係ない。 手摺にかけた手に体重をかけて 勢いをつけて右足を手摺の向こう側へまたぐ。 続いて左足… 身体全体が手摺の向こう側へ渡る。 8階建てのこのマンションの上から わたしを地上へ落とさずに支えているのは 後ろ手に両手で掴んでいるこの手摺と、 3歩分ほどの足元の固いコンクリートだけだ。 眼下に広がるのは灰色の世界。 人や車が行き交うせわしない世界。 誰一人、空なんて見ることもなく。 『わたし』と言う人間が一人いなくなっても 世界は変わらない。 つまらない世界。 目をつぶって 深く息を吸い込んで その手を離そうとしたその時だった。 「やめとき。そんな死に方。」 聞き慣れないしゃべり方で わたしを止める声。 慌てて後ろを振り向くが誰もいない。 もう幻聴まで聞こえだしたか… 再び目を閉じる。 「だからーやめときって。 ……生きてたら良いこともあるで?」 今度はさっきより近くで はっきり聞こえた。 誰?! 声が聞こえた右側を見ると 少し離れた位置で わたしが掴んでいるその手摺の上に 屋上を背にして足を宙にブラブラしながら 男のひとが座っている。 いつからいたの? っていうか 「…あぶなっ、そんなとこに座ったら落ちるっ」 思わずその人に声をかける。 「うん。危ないな。 アンタもな。とりあえず、こっち来て?」 その人はそう笑いながら言って ひょいっと軽々と手すりを乗り越えて 屋上の地面に足をつけた。 そして手摺の向こう側から わたしに向かって手を伸ばす。 「ほら早く。」 言うことを聞くつもりなんてないのに。 まるで催眠術でもかけられたかのように その優しい声に誘導されて わたしは素直に手すりを跨いでしまった。 だけど、その人はわたしの手を掴むことなく、 一歩後ろへ下がる。 安全な場所に戻った途端 今さら足がガクガク震えだす。 さっきまで死ぬつもりだったのに 急に『恐怖』が心のなかに湧いてきて その場にへたりこんでしまった。
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