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『襲』  黒波さざめく、宵闇の浜。二人の剣士が正眼の構えで対していた。  ひとりは一名黒琴と言った。穢土の世をさすらう、凄腕と名高い剣客であった。  そしてもうひとりは、黒琴の唯一の弟子、凛伍。  彼は熱心な若者で、弟子入りから一年もする頃には、黒琴の片腕として知られていた。  彼らは互いに刀を抜きあい、互いを見貫きあい。  灰の月に照らされた刃は、互いの冷静さ、集中さ加減を映すように、玲瓏な鋭さを湛えていた。  凛伍が滑らかな浜の砂を蹴りあげ、やっ!と声を張らせながら斬りかかった。  鋭く奔る一閃、紫電のごとく。  しかしそれを受ける黒琴の、正確な太刀捌きもまた、迅雷のごとく。  散った火花がまぶしく弾け、刀は鍔迫り合う。  黒琴は悟っていた。凛伍は、かつて殺された親の敵をとるために、今日この日のために、自分へ弟子入りしたことを。  しかし手加減はしない。真剣勝負には無用の長物だ。  二度、三度と刃は絡み合い、はじかれた勢いで離れた二人は、再び正眼の構えをとりあった。  そのとき、凛伍は間髪入れずに大きく踏み出した。応じて構えを変える黒琴へ、彼は砂を蹴り飛ばす。闇夜で見えづらい奇策を使われた黒琴は態勢を整えようとするも、ときすでに遅し。  刃は風と重なりながら、彼の体に襲られた。  崩れおちる黒琴を、凛伍は万感こもごも到るといった様子で見つめていた。 「さすがだ。凛伍」  彼をねぎらうように、そして心配するように、黒琴はわずかな言葉を遺して息を絶やした。  波が、凛伍の代わりに泣いていた。
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