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「時給は、今やってるバイトの3倍払う。時間は、平日の午後7時から俺が帰宅するまで。大抵9時には帰宅できるが…患者の急変や緊急の検査があった日は、深夜遅くまで頼みたい時もある。その場合は、深夜料金として3割を上乗せする」
先生は私の動揺を気にも留めない様子で、平静かつ淡々と契約条件を並べ立てる。
時給の3倍?!850円×3で、一時間2,550円だとっ?!
…い、いやいや。金額の問題じゃ無くって!
「どうして?…どうして、私にそんな事を?」
眉間に深いしわを刻み、訝しげな声を落とす。
「今まで雇っていた家政婦が急に辞めてしまって、困ってる。暫くの間はこうして杏奈に頼めるが、年明けからサロンの新店舗準備が忙しくなって杏奈も自由が利かなくなる。その前に、何とか麻弥に頼みたい」
「そうじゃなくて、どうして私なの?咲菜ちゃんのお母さんは、…奥さんはどうしたの?」
一番聞きたくて、だけど、一番聞きたくなかったその問い。
勇気を振り絞り口にした後、返される言葉が怖くて心苦しさにキュッと唇を引き結んだ。
先生は、そんな私の表情を見守りながら小さく息を置き、慎重に口を開く。
「…あの子の母親はいない。妻は3年前に交通事故で…」
緊張感が漂う中。彼は、絞り出すように言った語尾を重々しく濁した。
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