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「…天に召されたのは、私の成人式の五日前。どうしても父に晴れ着姿を見せたくて、着物を着て病院に駆けつけたの。父親を看取る時に着物だもの。ナース達のびっくりした顔、今でも忘れられないわ」
先生が入れてくれた紅茶の香りを吸い込み、杏奈さんはまるで遠い思い出話を浮かべる様に、温かく穏やかに微笑んだ。
「……」
お父さんに見せたくて、成人式の着物を着て看取りを…
――以前、
癌が脳転移した終末期のお母さんに花嫁姿を見せたくて、病室でウエディングドレスを着て母に見せた娘さんがいた。
その数日後、その患者さんは娘さんの挙式一週間前に他界されたが…
映画でもドラマでもない、本当にあった話だ。
その娘さんの姿がお姉さんの微笑みと重なり、胸が詰まって言葉が出ない。
「早く飲まないと冷めるぞ」
私とお姉さんが並んで座る、斜め右。L字ソファーの一人掛け位置に座った先生が、私の前に置かれたカップを指さした。
「はっ、はい!いただきます!」
その声にはっとして、お姉さんから慌てて視線を外し薔薇模様のティーカップを手に取った。
「…あ、いい香り」
心を浄化するような…フルーティーで…ダージリンよりも、もう少し濃い香りがする。
水色は、透明感のある綺麗なオレンジ。
高級感を含んだその深い香りに誘われ、一口飲んだ。
口の中から鼻腔に広がる優雅な香りと、紅茶独特の柔らかなほろ苦さ。
「美味しいっ。飲みやすいですねっ!このカン……何でしたっけ?」
「カンヤム・カンニャムって言うのよ。ねっ、美味しいでしょ」
歓喜の声を上げる私を見つめ、お姉さんまでも目を輝かせて声を跳ねさせる。
「あっ、そう言えば一昨日買ったGODIVAのチョコがあった!正臣、持ってきて」
「なんで俺が。お前、客じゃないんだから少しは動けよ」
先生は一人珈琲を味わいながら、ソファーに深くもたれ掛り冷たく言い放つ。
「なにこの子!弟の分際で姉に逆らうなんて、可愛くないわねっ!麻弥ちゃん駄目よ、こんな不愛想な男と付き合っちゃ!」
お姉さんはプクッと頬を膨らませ、フンっと鼻を鳴らしてキッチンへ向かった。
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