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夜――どのくらいの時間かと言うと、夕暮れがきて家族と温かい食事を過ごした後くらい。
僕はこの辺りを治めているエレグローレ家の宮殿の裏口の更に奥に入った小さな森のような所にいた。
森といっても宮殿の中にあるから、当然整備はされている。満月が柔らかな光を森の中の泉へ送っている様に見えた。何で僕がこんな所に居るかというと、別に僕が王子とか言うわけじゃない。僕は普通の平民だし。
理由は、『彼女』に呼び出されたからだ。
「うわーごめん。遅れちゃった。」
そう言いながら繁みから現れた彼女は、僕に綺麗な笑顔を向けた。清廉な白いワンピースに身を包み、背中まである髪はさらさらとなびいている。
僕と彼女はちょくちょくこうして会っていた。小さい頃から一緒に遊んだり、勉強したり、彼女と居られる時間がぼくは好きだった。彼女がどう思っているかはわからないけど。
「全然大丈夫だよ。」
僕も笑い掛けた。
でも彼女の表情には一瞬の違和感があった。何かあったの?と聞く前に彼女は話を続けた。
「最近さぁ、ばあやとか執事さんとかみんな厳しくて。」
彼女はそう呟きながら僕の隣の切り株に腰掛けた。
ちょうど肩が触れそうな距離だ。彼女が言う『厳しい』と言うのは、
『あんな平民と親しくしてはいけません。』
とか、
『夜に出歩いて、何かあったらどうするのですか!』
などの過保護なものだろう。
「僕はほとんどほったらかしだよ。」
僕の場合、お父さんやお母さんにはあまりかまってもらえない。仕事が忙しいからね。
「逆にそっちの方が楽かもね。」
「ひどいなぁ。そんなに大事にされるの嫌なわけ?」
愛されているからこその過保護だよ?
この時僕は、その愛情のせいで彼女と居られる時間が終わるとは知らなかった。
「嫌よ。…だって、セイルに会えなくなるもん。」
一瞬、僕は耳を疑った。月明かりに照らされた森が静まりかえる。
「え、ルシア?何で?」
数秒、呼吸を整えたのに、やっと出てきた台詞がこれだった。
「わかんないよ。でも、みんながもう会っちゃ駄目だって…。」
ルシアは、スカートの裾を握り締め、声を震わせながら言った。泣くのかな?とか思ったが、彼女は食い止めた。
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