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「……合格に導いたって言うけどさ、それは博兄がちゃんと勉強したからじゃん。お守りが何かしてくれたわけじゃ」
「ははっ、可愛くないこと言うなよ。そういう現実的なとこ本当に親父さん似だな。
信じる信じないは別としていいから貰っておけ。俺と小夜の願掛けつきだ」
そう言って俺の手に握らせる。
角の縫い目がほつれているお守りを眺め、俺はふっと微笑んだ。
そういえば小夜もこれを持って高校受験に挑んだんだっけ。
願掛けとかおまじないとか魔法とか、そんな非論理的なものは信じないけど、二人の想いがこもっていると思うと途端に大切なものに思えてくる。
「ありがとう……。これも大切にする」
「うんうん、素直でよろしい。ってことで乾杯しない?」
「はは、何に対しての乾杯?」
「うーん、愛する冬馬へ?」
「意味わかんないし……」
「いいのよ。乾杯は幸せの象徴なんだから」
よくわからないことを口にして、全員のグラスに飲み物を注ぐ。
シャンパンが並々になったグラスを眺め、
「……一口ちょうだい」
「だーめ、未成年のアルコールは禁止ですー」
「けち」
それでは、と明るい声でグラスを持ち上げた小夜にならって俺たちも慌ててグラスを手に取る。
俺と博兄、二人の顔を彼女は柔らかい眼差しでじっくりと見つめてからふっと笑みを浮かべると、
「大好きよ、二人とも。――乾杯」
三つのグラスがカチンと甲高い音を鳴らしたのをたしかに聴いたし、楽しそうな二人の笑顔をたしかに見たし、石油ストーブで室内は暑いくらいに暖まっていたはずだった。
それなのに、どうして今辺りはしんと静まり返っていて、何も見えないほど真っ暗で、凍えるほどに寒いのだろう。
顔に冷たいものが触れる。
――雪だ。
ここは、外……?
「博兄……、小夜……?」
身を切るような冷気に身体を竦ませながら呼びかける。
冷たい静寂に俺のか細い声はよく通る。けれどいくら待っても返事はない。
ここは、どこだ……?
不安になりながら辺りを見渡す。
そうこうしているうちに目が慣れてきたのか、それとも明かりがついたのか――うっすらと何かが見えてきた。
「……博兄?」
博兄が横断歩道の真ん中に突っ立って、こっちを見ていた。
見慣れないコートを着ている。髪と肩には雪が降り積もっていた。
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