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錆び付き役割をもはや果たしていない門を蔦が覆う。深紅の月が大空で妖しく輝く。
朽ち果てた薔薇達を見つめ、紅色の少女は溜め息を吐く。
西洋人形のような空虚さを瞳に浮かべ少女は鋭く尖った犬歯を剥き出しにして微笑む。さながら聖女のような笑みとは裏腹に、酷く冷めた瞳で壮大な洋館をへいげする。
「……そういえば、今晩の夕食はなんでしょう?」
朽ちた薔薇を投げ捨て、小さくお腹を鳴らすのだった。
◇◇
巨大な玄関ホールに足を運ぶこと三十三回目。変わらない景色にうんざりする。
きらびやかなドレスは?
明るいシャンデリアは?
喧騒を生み出す人々は?
ーーそんなもの、ここにはない。あるのは空っぽの箱のみ。しかも白蟻が沸いている。
この屋敷は過去だ。過去という逃れられない宿命を私に課すために残っている。
小さな瞳一杯に涙を溜め泣くまいと堪える。
「おや、おや、お嬢様。如何なさいました?」
突如として投げ掛けられる声に飛び上がり、ぺたんと尻餅をついてしまう。
暗闇が形をなし、人となった。声の主はそっと手を差し伸べる。
「行きましょうお嬢様。もうすぐ夕食ですわ。ワタクシはもうお腹がペコペコですの」
さあ、行きましょう。フロイライン(お嬢様)。
差し伸べられた手は、尻餅をついた少女の手をすっぽりと飲み込んでしまう程大きく、温かい。もしかして私の手が小さいの? 少女は考えを巡らせるが、可愛く鳴ったお腹の音に顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「クスクス、可愛らしいお嬢様だこと。皆、待ってますわ」
ほんのりとリンゴのように頬を赤く染めた少女は、凛々しい少女に手を引かれ暗闇に飲まれていった。
ーーここに、もう、人間はいない。
ーーいるのは『ヒト』ならざる者達。
ーー少女達も薔薇も屋敷も、みぃんな魔女の物。
ーー小さな魔女の小さな日常が、今ここに幕を上げた。
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