情事

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 肩で息をする綾子がゆっくりとその身体を横たえると、忍は一息つき、ベッドから足を下ろした。 シャワーを浴びようと立ち上がりかけた時、 「タバコ……」  背後で綾子がそう言った。 ああ、と忍はサイドテーブルに置かれていたピンク色のシガレットケースとライターを彼女に渡した。 一本取り出しながら綾子は言う。 「忍君どうして吸わなくなったの」  タバコをくわえる綾子に視線を送った忍はククと肩を竦めた。 「最近院内の喫煙スペースが激減しましたからね。 しがない働きアリの勤務医は思いの外遠方になってしまった喫煙所へ足を運ぶ時間などなかなかとれないんですよ。 気付けば吸わなくなっていただけです」  そう言いながら少し意地悪な含み笑いをしてみせた。 「次期婦人科准教授の席を約束されている綾子先生とは違いますから」  冗談とも本気ともつかない言葉に綾子は、まぁ、と大げさに目を丸くしてみせた。 「久しぶりにこうして会えたっていうのに、相変わらずなんだから……」  忍はいつもその本心を覗かせない。 もう何年もこんな関係を続けているのに彼の心は一向に見えてこなかった。
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