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曲がりなりにも2年近く付き合っていた相手だ。
俺の性格なんて、お見通し。
そういう点では、今の梅との関係は、恋人同士だった頃よりも気楽なものだと思う。
「彼女さ、パティシエになりたいって言ってくれた。」
「へぇ……。」
「俺みたいに、ケーキを作ってみたいって。嬉しかったのに……素直に、喜べなかった。
俺は尊敬されるようなこと、なにひとつしていないから。」
琴ちゃんの純粋な憧れ。
それは父さんに向けられるべきものであり、俺に対してのものではない。
俺はただ、目の前に敷かれていたレールの上を歩き続けていただけだ。
「梅の、言うとおりだと思う。この先、彼女が同じ道を進むようになれば、きっと俺に対する想いは変わってしまう。
今は尊敬してくれていても、いつかは先を越されてしまうだろうって。」
「……。」
「それだけは……嫌なんだ。
馬鹿みたいだけれど、彼女の憧れのままでいたいんだ。」
何もしないまま、彼女がどんどん立派なパティシエになるのを、指をくわえて見ているなんて絶対に嫌だ。
プライドなんて、とうの昔に捨ててしまったけれど、これだけはどうしても譲れない。
珍しく熱く語ってしまった俺に、梅は小さく微笑みかけてくれた。
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