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それなのに、彼女は唇をぐっと噛みしめる。
どんどん赤く染まっていく頬は、寒さのせいなんかじゃない。
今まで見たことのない感情的な姿だ。
「コウちゃんの、嘘つき!!」
「待って……!」
琴ちゃんの目元が一瞬、涙で滲んでいたような気がした。
止めようとする俺の手を振り払って、彼女は逃げるように店の前から走り去る。
気の利いた言葉のひとつさえも口にできないまま、まるでそこだけが時間の止まったように、動き出すことができなかった俺。
「そうじゃないんだ……」
暗闇の中に消えていった彼女の背中に、ひとり小さく呟いた言葉が、切なげに自分の耳へと届く。
俺はなんて、情けないんだ……。
涙なんて、いちばん見たくなかったのに。
流させたくなどなかったのに。
そんな小さな想いさえも、君に届けられない。
叶えたい恋と夢は、決して交わることなく平行線をたどっていく。
だったら最後に……
この気持ちだけは、絶対に伝えたい。
伝えなくちゃ、いけないんだ……。
彼女に出会って、俺の心の中に芽生えた感情を。
たったひとことの、言葉に代えて ―――。
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