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「水面ちゃんは有名だからね、主に性が有名過ぎる。知らない人はいないさ。さて、花壇に付いては僕に任せてよ、意外と口添えすれば融通が利くんだ」
「風紀委員の副会長って素晴らしいですね。花壇を悲惨な状態にしたわたしはお咎めなしですか」
「職権濫用じゃないから大丈夫。だって意図して起こした訳じゃないだろう、水面ちゃん」
確かにそうだ。その通りで荒波水面は口をつぐむ。無論態々都合の悪い方向に向けたくもないし、事が無難に鎮火するならそれは願ったり叶ったりである。最早罠なのかと疑る程に出来過ぎた話に不満を僅かながらあるにはあるが、だからと罰を受けたくもないので咎められないなら水に流したい。
「はあ、有り難う御座います」
荒波水面は感謝の念を御辞儀と言葉で示し、辺りを見渡す。右手にした腕時計は簡潔な安物だが、時間を知る分には申し分ないし、荒波水面からすれば高級だからなんだと言うのだとしか思えなかった。とは言え、高級だからと一概には言えないにしても、秒単位、否、それよりも正確に時を刻む時計は相応の価値がある。一秒の差を悔やむまで細かな人間ではないのだ、荒波水面は。
そして時間を確認して剣呑な空気を新たに溢す。遅刻しそうなのだ。校舎は近いので走れば間に合うだろうが、走りたい気分でもないし、気分で走るか走らないかを決めるのかと自身の馬鹿さを自虐する時間もない。
静寂夜半を一瞥し時計に戻してから思考に気力を燃やす。
どの道時間がないなら急がなければならない。急ぐとは走るしかないと言う事だ。しかし走るのは向かないのである。
幾分か荒波水面は案を考えて走るしかないと諦めた。
「先輩、時間がないので先に行かせて貰います。花壇の件、有り難う御座います。今度食堂で奢りますね」
「良いよ良いよ、後誘いは嬉しいんだけど、奢るのは僕だ」
にこやかな笑顔を一瞬見返してから苦笑で答えて踵を返した。小走りで向かいながらローファーの汚れにまた嘆く。心情は荒れ、表情は険しい。かてて加えて遅刻の焦りを交えて足は早くなる一方だ。最終的に荒波水面が駆けたのは言うまでもないだろう。
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