107人が本棚に入れています
本棚に追加
都季とカヨが娼家に帰りついたのは、申の下刻である。
秋の空はすっかり藍色が薄く滲みはじめ、山の端(は)に棚引く曇は、茜色に染まっている。
カヨが都季の部屋まで伴うと、湯あみの仕度のため箪笥から香油を出していたセツが頭を下げた。
「都季様、お帰りなさいませ」
香油は、くびの細長い磁器に入れられ、小さい口には香油が零れぬよう布を押し込んでいる。香油の種類は磁器の色によって見分けることが可能で、セツが手にしている茶色の磁器は橙油である。
「女長! 仕度は私がいたします」
カヨは怒りを込めた足でセツに近付き、茶色の磁器を奪った。
「女長、これは橙油です。橙油は潤いを奪うので肌が荒れている時は使わぬ方がよいのです。今日の都季様なら椿油です」
セツは眉をひそめた。
「……椿油はお髪用でしょう」
最初のコメントを投稿しよう!