115人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
娼妓の朝は、大抵、部屋付きが廊下を拭きはじめた足音で起こされる。それで目覚めずとも、掃除を見回るハナエのやかましい声に眠りは邪魔され、やがて部屋付きが部屋の掃除に伺ってくるので、いかに眠くとも取りあえず起きねばならぬ。
偉進が今宵、娼家に見えると都季が聞いたのは、廊下の騒ぎがおさまり、セツが活け花を運んできた折である。
「珍しく、治部官様から予約の文が届けられたようです」と、セツが少し笑った。
おそらく、都季が予約無しであることを責めたのを覚えていたのであろう。聞き流しているように見えて、抜かりのない男である。
都季は泊まりの仕度をしておかねばならなかった。
昨夜、紹彩志の身請け話を断ったことが思い出された。何故か色褪せていた幻想は、一夜を経て耀きを取り戻したように思われた。
燕麗のみならず、綾の存在が疎ましく思えた故であろうか。
綾が紹彩志をただの客という目で見てくれていたならば、かような感情は起こらなんだのやもしれぬ。
最初のコメントを投稿しよう!