第34話

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いずこに誰が座しているとも判らぬ数多の人々の話し声の中でも、己に関与してくるであろう話の声は聞き逃さぬらしい。他の声は雑音のままで、そればかりが明確に聞こえてくる。 声が聞こえたのは、廟に近い天幕の下からであった。そこに胡座して輪を囲んでいたのは刑部の連中である。 紹長官、斎副長官、しかして四名の部下が、前に置かれた酒肴に殆んど手を付けず、声を押し殺して真摯に語っている。 さらに耳を澄まそうとすると、にわかに銅鑼が鳴り響いた。追悼の音曲と舞が披露されるのである。折悪しきこと、この上ない。これでは盗み聞きなど出来ぬ。 しょうことなしに、またもや天幕の間を当てもなくさまよっていると、同僚が偉進を呼び止めた。 「偉殿。長官がお呼びだ」 「長官とは父か?」 「当たり前であろう」 同僚は呆れて答えたが、偉進と父には他人が思っているほど親子の絆はない。 父の偉進を見る目は、駒を見る目である。歩か竜王かと常に値踏みされている気がしてならぬ。
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