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門のところまで行くと、父は受付の机から僅か離れたところで、年老いた治部副長官と談話していた。
「長官」
偉進が呼ぶと、父、偉長官が振り返った。
偉長官は、衆目に晒される中で偉進から父と称されるのを好まぬ。
直にそう告げられたわけではないが、おそらくそうであろう。
官吏に登用されたばかりの折、二名の部下を引き連れた偉長官と廻廊で出くわしたことがあった。父と呼ぶと、偉長官は眉を曇らせた。官吏の中には、市井(しせい)の出自である偉進を快く思わぬ者もいる。故に、親子である事実はなるべく秘めておきたいのであろう。
「おお、進。ようやく来たか。蘇副長官、これが私の息子だ」
偉長官は、弾けんばかりの笑顔で偉進を招いた。
副長官、蘇雲(そうん)は偉長官よりも遥かに年を召した老人である。いつ、あの世から迎えが来てもおかしくはない老体で未だに副長官を務めているのは、世襲する筈であった長男を事故で亡くし、相次いで次男、三男も病で亡くしたからである。
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