第34話

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宗蘭がそうであったように、ここの下人には、シノが遊郭の調理場から来たということは話されておらぬらしい。 毎日、お客様にお出しする料理をこしらえていたので大丈夫ですと答えたかったが、はたして料理長の補助がこしらえたことになるのかと思われたのと、紫音の迫力に気圧されたのとで、シノは舌が回らなかった。ただ「はい」と答えると、紫音は「爪を見せなさい」と低声で命じた。 「こ、これでよいですか」 シノは、短く切り揃えた爪を、両手を揃えて見せた。 雪美館では、とくに妙児が調理場の下女の身なりに関して厳しかった。爪が伸びていると、爪の間に汚れが貯まると言い、汚れた手で食物に触れてはならぬと叱責された下女は多い。 紫音は「まあ、いいでしょう」と、面白くなさそうに呟いた。 後から聞いた話だが、宗蘭が調理場で初めて働くことになった折も、紫音は爪を見せろと命じたらしく、宗蘭は爪が伸びていた故、意気込みが足りぬとひどく叱責されたという。
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