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縄で宙吊りにされた薫風への「折檻」は一晩中続いた。
「折檻」から解放された薫風の身体の彼方此方には痣(アザ)やら傷やら……
水揚げは、彼女の傷が癒えるまで延期となった。
動き回るのには何の問題も無くなった ある日……ソレはいきなりの話だった。
まだ、目に見える傷が残る薫風に 再び水揚げの話がされたのである。
「今度は逃がしまへんえ。
あんたには早ぅ一人前になって貰うて、この珀華楼を背負って立って貰わなあきまへんのやからな。」
元々、薫風はこの珀華楼に入った時から「松の位」の遊女になるべく あらゆる教育をされてきた新造。
幼い頃から、天神や太夫付きの部屋子として彼女達の所作や振る舞いを肌で覚え、一通りの芸事から和歌や茶道、華道…果ては香道までを叩き込まれてきた。
故に女将の薫風への期待は絶大なものだった。
だからこそ、選びに選んで決めた水揚げ相手……本当は薫風も そんな事は嫌という程分かっていたのである。
それでも拒んだのは……
何一つ自由にならない己の人生で、唯一「初めての相手」だけは納得のいく者を選びたかった……この先は、選ばれるだけの人生なのだから。
そんな諦めにも似た 少女の切なる願いだった。
──けれど、
「へぇ、お母はん……」
そんな願いなど叶う筈もない。
花街とは、華に心を認めてはくれない街。
只、選ばれ愛でられる為に心を押し殺し、人形の様にならねば生きてはいけない街だった。
この時、薫風は初めて一筋の涙を流した。
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