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新造・薫風の水揚げが急遽決まり、珀華楼の中は 風に吹かれた水辺の葦(あし)の葉の様にざわめき立った。
『遂に薫風も腹括ったって訳やな。』
『あの爺は、しつこいからなぁ~』
『上客が水揚げ相手なら、先は困らんやないか。』
廓の姐さん達は口々に好き勝手言ってくるが、その端々に見え隠れする嫉妬に気付かない薫風ではなかった。
どんなに文句を言っても、相手は大店(オオタナ)の御隠居。
金払いの良い上客に変わりはない。
そして、遊女の水揚げをした者は、暫くの間 自分が【女】にした遊女の面倒を見るのが 花街の暗黙の決まり。
この時点で薫風の遊女としての先は明るいモノと言えよう。
だからこそ、姐さん等の嫌味にも毅然と返さなければならなかった。
弱みを見せれば、引き摺落とされるのは、目に見えているのだから……
「ほんま…あの爺様から こない見事な衣装(シカケ)も貰いましたからなぁ。
うちも、姐さん等を見て学んだ手練手管(テレン テクダ)ってヤツを駆使せなあきまへんな。」
緩やかな笑みを浮かべ、余裕げに姐さん達を一瞥した薫風は、上等な衣装の衣擦れの音を残し踵(キビス)を返した。
廊下を歩く自分の足が ガクガクと震えているのが よく分かる。
本当は今直ぐ逃げ出したい。
そんな心をひた隠しにし、部屋の襖の前に座った。
どうせ、この世に自分の逃げ場など無いのだから……。
フッと自嘲の笑いを吐き出した後は、艶やかで媚びる様な笑みを浮かべ声を掛けた。
「今晩はぁ……………薫風どす。」
「おぅ、入れ。」
誰?
あの爺様じゃ……ない。
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