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「失礼致しますぅ……」
そう言いながら襖を開けば、
「何でや……!?」
其処に座って居たのは、思った通り爺様ではなく……
いつぞやの美丈夫。
「何だ、とは随分な挨拶じゃねぇか。
んなトコで何時までも阿呆面してねぇで酌でもしやがれ。」
自分を見て憎らしい程の良い笑顔を見せる美丈夫に戸惑いを隠せない薫風。
言われるがまま彼に酌をするが、その顔は終始俯いていた。
他の座敷は賑わいを見せているが、薫風と美丈夫の座敷には、酒を注ぐ時に僅かに当たる酒器の音や美丈夫が時折 肴を摘む時に鳴る箸遣いの音だけ。
二人の間に会話は無かった。
けれど、それは嫌な沈黙ではなく 薫風の心を穏やかにしてくれる。
「なぁ……」
心地良い静けさを破ったのは、美丈夫の低くて 良く通る声。
その声に弾かれる様に顔を上げた薫風の目に映ったのは、困った様に眉を寄せ苦笑する美丈夫だった。
「やっと此方向きやがったな。んな 固くなるんじゃねぇよ……俺まで変に緊張するだろうが。」
「え…?」
「俺ぁ、生娘の相手なんざ暫くした事はねぇんだよ。」
「へ、へぇ……」
照れた様に鼻を掻く美丈夫が 可笑しかった。
クスリと笑う薫風に 不愉快そうに眉間に皺を寄せる美丈夫だが、それはほんの一瞬で、次の瞬間には とても真面目な表情を見せる。
「俺は【新撰組 副長 土方 歳三】ってモンだ。
……テメェ等が嫌う『壬生狼』の鬼副長だ。」
土方の突然の告白に、薫風の頭の中は真っ白になった。
『新撰組』…
『壬生狼』…
『鬼副長』…
『土方 歳三』……様…?
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