珀華楼の新造(ヒャッカロウ ノ シンゾウ)

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夜の花街・島原。 言わずと知れた男達の桃源郷。 沢山の男衆(オトコシ)に囲まれ、禿(カムロ)を従えた妓(オンナ)が しゃなりしゃなり と優雅に蠱惑(コワク)的な視線を流しながら歩いて行く。 その妓こそ、島原「珀華楼(ヒャッカロウ)」の薫風(クルカゼ)太夫。 この桃源郷の数ある華の中でも、その頂点で咲き誇る高嶺の花。 『ウチは 気に入らぬ男の相手は致しません』 それが口癖の孤高の華。 昼見世には決して現れない この華は『常夜(トコヨ)の華』とも呼ばれていた。 だからこそ、この華を愛でたい男は後を絶たない。 金や権力のある男程 薫風に逢いたがり、一度逢えば華の薫りに酔いしれ、蠱毒(コドク)の様な妓の虜になっていく……。 今宵も、そんな哀れな男の相手をした帰り道だった。 「太夫、今日もお疲れ様どす。」 「これッ!道中の時に話掛けるものじゃありまへん。お母はんに知られたら、また折檻されますえ? けど、ほんに……疲れたなぁ。」 本当に疲れた。 薫風は、誰にも見えぬ様に溜め息を吐く。 口では気に入らん男とは逢わん、と言う薫風とて断れない事もある。 それは……ある男を自分の座敷に通す為。 島原一となった自分の座敷に上がるには破格の金子(キンス)が掛かる。 薫風は、その男と自分が逢いたいが為に その花代の殆どを肩代わりしていた。 故に逢いたくなくとも、金払いの良い客を蔑(ナイガシ)ろにする訳にはいかなかった。 戻れば あの方が待っていてくれる筈。 そんな事を思い、この後に逢える男の事を想えば自然と顔が緩む薫風。 遊女と言えど、一人の恋する女であった。 喩え、それが叶う恋ではない、と重々承知しながら……。
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