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珀華楼に帰れば逸る気持ちを抑えつけ平静を装う。
「お母はん、只今 戻りました。」
「お帰り、薫風。今日の道中も大層賑わったようやな?」
「当たり前どす。誰の道中やと思うてますの?」
「それなら、我儘言わんともう少し客を取って欲しいもんやな。
そうやないと、あの男の登楼(トウロウ)も考えなあきまへんえ?」
想い人の事を餌に駆け引きしてくる女将に苛立った薫風は、ギロリと女将を睨み付ける。
「花代は ウチが払うとりますやろ。文句は無い筈や。」
「……あんたも ほんま物好きやな。新造時代ならいざ知らず、今でも『壬生狼(ミブロ)』の相手をするやなんて……。」
「阿呆な事言わんといて下さい。
あの方は『特別』。ウチは、あの方に『女』にして貰ったんやから……。」
魅惑的だが……不遜。
そんな笑みを浮かべ、尚も女将を一睨みすれば、薫風は自分の部屋へと戻って行った。
忙々と去って行く薫風の背中を見送る女将はポツリと呟く。
「難儀な男に捕まったなぁ。
泣きを見るのは、あんたやで……薫風。」
その声は薫風には届かない。
そう、あの方は『特別』。
あの方に抱かれた あの時から、私の全ては あの方一色に塗り潰されてしまったのだから……
遊びの様な恋しか無い この街で、
私は本物の恋を知ってしまったのだから……
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