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最初は壮真のことなど待ってはいなかった。どんなに楽しい夜を過ごしたとしても、それだけで幸福な錯覚に身を焦がすほど、絢人はもう幼くはない。
でもあの夜から少し経って、壮真は、店にやって来た。
とても寒い日だった。月曜だったので店番はオーナーと自分の二人だけで、週初めの月曜日は訪れる客も少ないからオーナーは滅多に表に出てこない。一人でカウンターに立つ絢人に、暖かい場所を求めてやってきた客達は揃いも揃ってホットドリンクを所望した。
ホットワインや、ラムベースのグロッグ、ドランブイというリキュールを使ってつくるホット・ドラム。グロッグの製法を思い出すのに苦労し、滅多に使用しないドランブイの瓶を探し出すのに時間をとられ、ミルクを一々温めないといけないという手間もあって、絢人は飲み物の注文をさばくのに手間取っていた。
だから店の扉が開いて、壮真と連れの男の姿が見えたとき、絢人はまず、注文はビールとかワインとか簡単なものにしてくれよと胸の内で呟き、そういえばあの夜この男は何を飲んでいただろう、とだけ頭の隅で考えた。
ビール、ワイン、もしくはカクテルだとしても確かスタンダードなものだ。ラムコークとかジントニックとか、いかにもサラリーマンが好みそうな。
「いらっしゃいませ」
オーナーが戻って来ないので仕方なくドリンクを作るのを中止して、絢人は笑顔をつくりまず壮真におしぼりを渡した。一瞬、二人の視線が真っ直ぐに合った気がした。
しかし絢人も壮真も見合った目をほとんど同時に逸らせ、絢人が隣の男に視線を移しておしぼりを渡すと、同時に壮真もその男に顔を向けた。もう一人は絢人の見たことのない男だった。
「お前、何飲む?」壮真が隣の男に問う。
「俺? ビールかな」
「じゃあビール二つで」
「かしこまりました」
二人の前から下がり、長い間待たせてしまったカウンターのOL二人組のためにトム&ジェリーとホット・カルーアを作り上げたところへ、オーナーが戻ってきた。
「お、絢人、大丈夫か?」
「あ、一応大丈夫です。ただあそこのお客様、ファーストなんですけどビール二つ出してもらえますか?」
「おう、了解」
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