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第1話
喫茶店で、向かい合う。
彼の前にはロイヤルミルクティー。
俺の前には、不味いことを失念していた珈琲。
どちらも全く量の減らないまま、飴色をした円形の机上で、装飾品と化している。
濛々と立ち昇っていた湯気が消えたのは、もう、15分ほど前のことか。
客は俺達二人と――夕暮れ時の暴力的な陽射しが直撃する窓辺の席で、パソコンと苦悶の表情を浮かべ向かい合う、老齢の男が一人。
ここへ来る度に、変わらぬ位置に陣取って、ああして文明の利器と睨み合っている。
作家なのだろうか。
だとしたら俺の目指す先は、あの男か。
「読んだ」
少し高めの、少し鋭い声。
俺は唾を飲み下す。
恐る恐る視線を戻すと――壁に掛けられた時計の鳩が鳴いた頃に、震える指で手渡した、20枚ほどの紙束を大切そうに抱えている。
黒目がちな瞳に俺の姿をまっすぐ映し。
「やっぱ、」
どうだ、と尋ねるまでもなく。
「お前の書く話、すげー好き」
花が綻ぶように微笑む。
この顔が見たくて、脚本を書く。
秘めた想いを気取られないよう綴った、
空しい恋文を書きつづける。
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