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「……うぅっ」
周囲に激しい剣戟(けんげき)の音が飛び交う中で、青年はうめき声と共に表情を歪ませた。
立ち止まり、動いているわけでもないのに自然と荒くなる呼吸。目は回り、震えて揺れる視界。
なかなか焦点が定まらないでいるが、今自分が見ているものがなんなのか、そしてそれがどういう状態なのかということくらいは彼にも理解できる。
──彼が見ているのは、今しがた人を斬ったばかりの鮮血に塗れた剣の刃である。
さらにその視点のもう少し奥には、生気を失った顔で地に伏せる戦士の姿もあるが、あいにくそこまでは意識が向けられない。
今の彼にはそんな余裕はないのだ。目の前の剣にさえ満足に焦点が合わせられないのだから。
「はぁ……はぁっ……おぇ」
斬ったその時……いや、斬ると決心した時から絶えず襲い掛かってきた吐き気が、いよいよ本格的に牙を剥く。
周りは今も戦闘中であり、がちゃりがちゃりと鉄同士がぶつかり合う音が鳴ったかと思えば、それに続くように様々な断末魔の声が耳に入る。
それがまた、彼の嘔吐感を容赦なく煽った。
この喧騒は言うまでもなく、戦争によるものだ。彼はその最前線の一隊に配属されていた。実はこの戦争が、彼の『傭兵として』の初仕事である。
そしてたった今、彼は自身に襲い掛かってきた敵方の兵士を斬り殺したところなのだ。
──これもまた、彼にとっては初めての体験となる。
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