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交戦地帯から数十メートルほど離れたあたりで、中年男は一息ついた。
決して安全な場所とは言えないが、小話をする程度であれば充分な距離と言えよう。
耳をつんざくようだった剣戟の音も今はそれほどでもない。
ぐったりとして完全に身を委ねていた青年は、ようやく落ち着いたようで深く息を吐きだした。
「……逆。僕がやったんだ」
弱々しく、さらに震えて途切れてしまいそうな声音で青年は言った。
もちろん決して大きな声ではなかったが、男は一応それを聞きとることができた。
その言葉を聞いた男はそれだけで全てを悟った。
この戦争に投入される少し前まではお調子者だったはずのこの若者が、なぜここまで衰弱しているのか。その理由を全て理解した。
もう随分昔のことになるが、実は彼もまた同じ苦汁をなめた経験があるのだ。
これは戦地へ赴くことを生業とする者は必ず通る、まさに茨の道なのだ。
──すなわち、人を斬って殺すという所業のことである。
もう数十年も傭兵業を続けてきた彼はすっかり慣れてしまっているが、あの時に味わった苦悩、嫌悪感は未だに忘れていない。
忘れてはいけないことなのだ。人を殺すということは何よりも重いことなのだから。
それと同じ精神的苦痛を今、目の前の若者も味わっているということだ。
なるほど、確かに当時の自分もこんな感じだったかもしれないなどと懐かしさを感じながら、ひとまず男は見守るだけに留めた。
一方、落ち着いたかのように見えた青年だったが、彼は唐突にその瞬間の感覚を思い出すと、再び眉をひそめる。
また吐き気に襲われてはかなわないと思い、彼は男にもたれかかったまま瞳を閉じ、眠るように脱力した。
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