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「胃か腸ですねえ」
医師は、吉崎の腹部を触診しながら呟いた。
「癌では……」
吉崎は被害妄想の癖がある。この日も会社を休んで病院に来た。
「癌ではありませんが、胃潰瘍の恐れがあるので、次回、バリウム検査します。食事を摂らないで来てください」
腹部も心持ちも、もやもやしている。
「お薬出しておきます。精神安定剤なんですが、胃潰瘍を治して食欲を増進させる作用もあります。ぐっすり寝て、もりもり食べればよくなります」
よくなります、か……。
「課長」
部下が吉崎を呼んだ。
「うっ……」
「どうしたんですかぁ、課長?」
「いや何でもない」
「部長に昇進するのがプレッシャーになってるんですかぁ。課長、神経質だからぁ」
けらけら笑いながら部下は吉崎の肩をぽん、と叩いた。
確かにプレッシャーもある。しかし原因は先ほどの病院にある。
「胃か腸ですねえ」
その言葉が頭に残り「課長」が「胃か腸」に聞こえるようになってしまったのだ。
「課長、かちょう……いかちょう、胃か腸」
もう被害妄想だ。これで部長が務まるのか?
しかし、処方薬が次第に効いてきた。精神安定剤だから、ぐっすり眠れるようになった。食欲も増し、体も標準体型に近くなっていった。
「課長」
部下が呼ぶ。
ん……? うっ、がない。これは治ったか? 「胃か腸」と気にしていたはずなのに。
「課長、最近顔のつやが良くなりましたねぇ。社員食堂でお見かけしたときも、もりもり食べていましたしぃ」
そうなのか? 俺はなんともないのか?
「逆に少しふっくらしてきたんじゃないですかぁ。糖尿病になんかならないでくださいよぉ」
その部下はいつものけらけら笑いで、吉崎の肩をぽん、と叩いた。
「……糖尿病……」
バリウム検査は異状がなかった。部長職に専念できる。吉崎は少しベルトがきつくなった腹をぽん、と叩いて気合いを入れた。
「部長」
部下が呼ぶ。気持ちのいい響きだ。
「いやあ『部長』なんて、なんかこそばゆいねえ」
吉崎はけらけら笑った。
「もう、部長ったらぁ」
部下もけらけら笑って吉崎の肩をぽん、と叩いた。そして言った。
「で、部長」
「デブ長? ……うっ……」
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