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* * *
『ーー。ーー』
誰かが私を呼んでいる。優しい声で何度も。
私と同じ暖かな緋色の髪の女の人が、微笑みながら私を手招きしている。
『お母さん』
口から自然に溢れたのは、その一言だった。
……あれ?『お母さん』? って言うか私、お母さんとか居ましたっけ? いえ、いない事は無いんでしょうが、その姿を拝んだことは生まれて一度もありません。
じゃあこの人は私の勝手な想像から作られた、所謂『妄想の母』ということでしょうか。
『お帰りなさい。さぁ、疲れたでしょう。ご飯にしましょうね』
『は、はぁ……』
と言うか、呑気に飯食ってる場合じゃなかった様な気がします。うーん、何をしていたんでしたっけ? 今一思い出せません。
『今日は貴方の好きなものを作ったのよ。美味しくできたから、一杯食べなさいね』
促されるまま、素朴なテーブルの前に座る。何か大事なことを忘れている気がするのですが……。
悶々と悩む私の目の前に、料理を乗せた皿が置かれる。その中身を見た瞬間、思考が一気にどこかに吹っ飛びました。
『さ、召し上がれ』
『……お母さん、これは』
妄想の母は柔らかな笑顔を崩さない。それにまた戦慄を覚えた。
『見て分かるでしょう?
・・・・・
つまようじよ』
この人生の中、いつ何処でどんな状況の時に自分の好物が『つまようじ』だと抜かしたのか、私の記憶には1ミリもありません。
妄想の母だけに妄想癖でもあるのでしょうかこの方は。
『いや、あのぉ……つまようじは食べられませんね。と言うかつまようじを美味しく料理できたってどういうことですか!? それは1からつまようじを生産したってことなの!?』
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