おねだりチョコレート

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「あ、藤吉さん。谷っち知らない?」 ……説明しておこう。 谷っちとは、私たちのクラス担任である谷川先生の愛称だ。 ちなみに谷っちは、偶然にもこの調理室の奥にある『家庭科準備室』にいた。 それを訪問者に伝えたいと思うけれど、残念な事に相手がアノ、三木杉クンだ。 もどかしいほど言葉が出てこなかった。 いや、もう、ちょっとしたプチパニックである。 「藤吉さん?」 無言で真っ赤になって立ち尽くしていたら、誰だって心配するだろう。 三木杉クンも例に違わず、心配して声をかけてくれた。 ……これは無理だ。 バレンタインを明日に控え、とんでもない現実を思い知らされた。 三木杉クンを前にするだけで、自分がこんなにも舞い上がってしまうとは夢にも思わなかったからだ。 こんな状態で、気軽さを装いながらチョコを渡すなど神業に近い。 目の前に並ぶチョコたちは、たった今、お蔵入りが決定された。 「大丈夫? どうしたの?」 やっぱり三木杉クンはいい人だ。誰に対しても優しい。 ただ、心配して近寄ってくる彼に、仰天して怯んでしまった。 「じゅ、準備室に居るから!」 どうしたら、こんなにつっけんどんな言葉が出て来るんだ?……という対応で、彼を誘導してしまう。 「え、あ、そうなんだ。……ありがとう」 なのに、やっぱり三木杉クンは優しかった。 私の不審な態度に怒ることもなく、頭を下げて微笑んだ。 準備室に向かうそのカッコイイ背中を見送りながら、赤らめた顔が一瞬で青ざめた。 ……ヤバイ! 「三木杉クン、ダメ!!」 思わず叫んだ私の声に、びっくりした彼が慌てて振り返る。 「だ、ダメなの! 作業が、終る、まで、誰も入っちゃ……ダメ、なの」 三木杉クンの目を見ると、やっぱり緊張して意味不明な説明しか出来なかった。 「え? ……あ、もしかして……この前の試験の採点中?」 ……その通りだった。 よく、あの「鶴の恩返し」な説明で分かったものである。 頭のいい人はスゴイ。とにかく頷いて正解を知らせる。 「……そうか。参ったな」 何気ない動作なんだろうけど、こちらに戻ってくる三木杉クンにドギマギしてしまう。 「急用なら、外から先生呼んでみる?」 とか、「伝言なら引き受けるよ」 とか、いろいろ提案はあるのだろうけど、私が選んだ言葉はこれだった。
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