おねだりチョコレート

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「い、急ぐの?」 誰でも推測できるような事しか聞けない自分にヘコんだ。 「俺じゃなくて、谷っちがね」 返された言葉の意味が理解できない自分に、さらにヘコむ。 「あ、俺だけ進路指導がまだなんだって……」 そう説明されてようやくわかった。 最近、谷っちが生徒に行っていた「高校受験の進路指導」の事だ。 3年生になる前に、必ず行われる定期指導の一つらしい。 「教室で待ってろって言うから大人しく待ってたんだけど……全然来ないからさ。 こっちから探しに来たって言う訳」 三木杉クンが苦笑いを浮かべる。 何だかそれが大人びた表情でカッコよかった。 それにしても、谷っちのいい加減さは筋金入りである。今回の事もそうだ。 「そういえば谷っち、何でこんなトコで採点してるの?」 ちょうど三木杉クンが疑問を投げかけてくれた。 英語教員の谷川先生が、家庭科準備室で採点している理由は2つある。 まず、谷川先生が製菓同好会顧問の南先生に、部活監督代理を頼まれたのが大きな理由だ。火を使う調理の場合、必ず顧問の監視下で作業しなければいけないという規則が学校にあるので、生徒だけの調理が行えないのだ。 本日、どうしても用事があった南先生は、週一しかない部活を中止する事を忍びなく思い、谷川先生に頭を下げてくれたのだった。 いや、頭など下げなくても、南ちゃんがニッコリ笑ってお願いしますと言えば、谷っちは何でも引き受けてしまう人だった。 これは学校中の誰もが知ってる教員恋愛相関図だ。 ただ、残念な事に、南ちゃんの矢印は谷っちに向いていない。 みんなで可愛いそうだと同情しているが、ある意味仕方がないとも笑っている。 割と顔はいいのだけど、とりあえず谷っちはイケてないのだ。 なぜなら、体育教師よりマッチョな身体でしかもナルシスト。 鍛える事に喜びを感じる、まさに自分の筋肉に話しかけるようなキモヤバ先生だからだ。 あれは、誰でもヒク……。 そんな谷っちは、テキトーでも有名な教師なので、本来調理室で私の作業を見守っていなければならないのに、「何かあれば呼べ」と言って準備室にこもって採点作業を始めてしまった。「終るまで誰も入れるな!」という下命を私に残して……これが準備室にこもっている2つ目の理由である。 ……ほんといい加減な先生だ。 そんな事を、言葉少なに三木杉クンに説明した。
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