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だけど、とにかく誤解だけは解いておきたかった。
「……あのね、カオルちゃんは私じゃなくて、市村さんのチョコが欲しいんだよ」
……説明しておこう。
市村さんとは、頭がよくて美人で、クラスのみんなが憧れているヒロイン女子だ。
男の子はもちろん、女の子からも人気が高い。
カオルちゃんと一緒にクラス委員をしていて、二人は誰もが認める美男美女のカップルだった。
なので『カオルちゃんは誰のチョコが欲しいか?』……なんて愚問は、本人に確認しなくとも一目瞭然、ウチのクラスの常識と言っても過言じゃなかった。
そんなみんなの意見を代表して述べてみたのだが、三木杉クンは何だか納得いかない顔をする。
ただ、秀才の三木杉クンが、こう言った話題に疎いのも分かる気がした。
クラスの恋バナに変に詳しかったら、それこそ知的なイメージが台無しだからだ。
とはいえ、カオルちゃんの親友と言うなら、これぐらいは知っておいて欲しかった。
なのに……。
「そんな事ないと思うな。 郁、藤吉さんのチョコなら絶対喜ぶって。大丈夫、自信持っていいと思うよ」
たしかに食いしん坊なんだから、食べられる物は何でも喜ぶだろう。
だけど、そう言う事じゃないんだってば……。
無知なゴリ押しに、怒りを通り越して切なくなる。
他人の恋心に、疎いのにも程があった。
「三木杉クンは、私のチョコ……欲しくなかった?」
気づけばそう聞いていた。
悲しかったし、悔しかったのだ。
あんな風に美味しいって言われたら、イヤでも期待してしまう。
単なる感想に有頂天になった自分が、とても恥ずかしかった。
「え、俺? ……ええ?! いや、あの」
矛先が自分に向いて、急に三木杉クンが焦りだした。
その困った表情で、私がそういう対象ではないという事がよくわかる。
そう、わかっていたけど……わかっていたけど、ものすごく悲しかった。
だけど、落ち込んでいる場合じゃない。
「ご、ごめんなさい! 今の忘れて! きゃ、キャンセルで!」
気合を入れて、おどけてみせた。
「菜摘ちゃんとね、折角のバレンタインだから男の子にあげようって話になったの。いつもカオルちゃんばっかりだから、たまには違う人にあげたいな……と思って。だから、親友の三木杉クンにフラグが立っちゃいました。深い意味はありませーん」
早口で言い訳を連ねる。
最後は、目の前で手を合わせて「ごめんね」のポーズだ。
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