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彼女と出会った北千住駅のそばの踏切。そこを通ると、無意識に彼女を探していた。あと、国道沿いの自転車屋。二人乗りした彼女を下ろした場所。その辺でも、つい彼女を探してしまう。
「今日もいないか」
募る想いは虚しさだけを男に与えた。
きっと、彼女は面接に落ちたのだろう。自分のことのように落ち込んだ。
「はぁ・・・。連絡先くらい聞いておけば良かった」
後悔先に経たず。そんな諺が浮かぶ。実に目障りだ。頭を激しく振り、それをかき消そうとした時だ。
「あの・・・」
「え、あ、はい。ウソ・・・」
彼女だ。彼女がいた。彼女が声をかけてきた。
「な、なんで?」
「あ、あの、面接受かったんです。あの時は本当にありがとうございました。こうして働けるのも・・・あなたのおかげです」
「ん?なんで今、言葉に詰まったの?」
「あ、こういう時は名前言うのかなって思ったんですけど、名前知らないなって」
「あ、そうだよね。俺も知らないし」
笑い、そして続けた。
「吉原です」
「吉原さん、ありがとうございました」
名前を聞いた途端に、自然に礼の言葉が出た。
「ところで名前は?」
「水野です」
「水野さんか、仕事がんばってね」
それだけ言うと吉原は自転車のペダルを漕いだ。
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