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「まだかなー」
時計を見た。時間に間違いはない。スマホを取り出しメールを見た。場所も日付も間違っていない。それなのに誰も来ない。
ちょっとしたエキストラのような仕事、そのためにここにいるのに、誰も来ない。
「なんなんだよ」
正直役者を目指していると、生活は苦しい。だから、役者の勉強にもなり、生活の糧も手に入れられるこの仕事を喜んで受けたのに、この仕打ちはなんだと言うのだ。
「ホントに誰も来ないの?」
辺りを見回すと、半蔵門線のエスカレーターから一人の女の子が、まるでマンガのようなセリフを吐きながら現れた。
「遅刻、遅刻ー」
日曜日の朝だから、人もまばらだ。それなのに、僕以外誰もいない。その事に相当驚いている様子だった。
「あれ?!」
目を丸くし、パーカーのフードを被り、少しねずみ男のようにも見えた。
「あれれ?!」
そう言いながら、僕に近づいてきた。
「あのー、もしかしてー、エキストラの方?」
「え、あ、いや、まあ。そうですけど」
「他には?」
「他には誰も。俺も、時間とか間違えたかと思ってたくらいだし」
「ホントに?」
何がうれしいのかわからないが、彼女は笑った。
「何がおかしいの?」
「だって、この調子なら仕事無しでしょ?渋谷だし、思いっきり遊べるじゃん」
「遊べるって、そんな呑気な事でいいわけ?役者目指してたりするんでしょ?」
「ううん。違うよ」
「違うって、なんでエキストラなんか?」
「事務所がね、行ってこいってうるさくて」
なるほど。合点がいった。彼女はもう事務所に入っているのだ。もうタレントとして、いくつか仕事しているのかも知れない。それが僕にはない余裕を醸し出しているのだ。
「そうなんだ。事務所に入って長いの?」
「うーん、2年くらい」
「そっか。そんなにやっているんだ」
対する僕は一度就職してから、この世界に入った。それもあり、まだ1年経つか経たないかと言った感じだ。そして、パーカーで隠れていて気づかなかったが、よく見ると彼女は僕より相当若い。一回りくらい違うんじゃないだろうか。
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