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「美人だから」
「お前、女に興味がないだろ」と言って、
思いのほか大きな声で笑った水谷を、
焼香を終えた中年女が睨みつけた。
それでもまだ、「こいつ、ホモだから、相手にするな」などと、
軽口をたたく。
了一の母親の、通夜だった。
だが、とくに悔みをいうわけでもなく、
ふたりは笑い合う。
十月に入ってもまだ暑く、
水谷は上着を脱いで、肩にかけていた。
幼馴染なのだと紹介された。
それにしても、ふたりの壁のない気安さが、
玲子には羨ましかった。
了一にどこで会ったかを知ったのは、
思わぬ人に再会したからだった。
玲子はひとりで次の日、葬儀に参列した。
了一に以前、どこで会ったのかを、確認したかったのだ。
だが、喪主である了一は忙しく、
声をかけることが憚られた。
そばに水谷がいれば違ったのだろうが、
彼はその日から海外へ行くことになっていた。
芸術祭の審査員として、招かれていたのだ。
結局、読経を聴き、柩を見送り、
了一が黒い車に乗り込むところを見ただけだった。
だが、帰ろうとしたときに
「玲子?」と声をかけられ、驚いた。
いつでもすこしかすれような声は、
痛い記憶を呼び覚ました。
「お母さん、どうして」
「私が訊きたいわ」
七年ぶりに会う義母、百合子は、
まだ十分に若く、美しかった。
三十代の終わりだったが、
姉と言っても通じるだろう。
だが、面長の玲子とは違い、
すこしかわいらしさのある丸顔で、似てはいない。
「私は……水谷さんに、言われて」
「ああ、そうね。あなた、水谷と住んでいるのね」
母はただ、事実を言っただけと思わせる、
淡々としたもの言いだった。
その話題を口にする人は、
たいてい軽蔑の声音を含ませるのだ。
演出家、水谷昌の愛人と呼ばれることを、
玲子は気にしなかった。
演技の勉強を一切していない無名の新人が、
最上の舞台に立つのだから、リスクくらい負うのは
当然だと思っていた。
女優になりたかったわけではなかった。
水谷を知っていたのは、彼の友人でもあった百合子に、
何度か舞台に連れていってもらったからだ。
彼女にしたって、作品がどういったものかは、
理解していない。
「ぜんぜん、意味がわからない」
と、いつも舞台の間は、眠っていた。
玲子にも意味はわからなかったが、
役者の動きに、興味を持った。
それは長くバレエを習っていたこともあるだろう。
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