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帰ってから、庭で同じように動いてみたこともある。
ゆっくりとした動きは思ったよりも難しかったが、
体が覚えるにつれて、その動きは
頭をすべて空っぽにしてくれることを、知った。
まるで、木や、風や、石ころのような気分になれる。
踊っている姿を父親に見られ、投げかけられた言葉は、
永遠に抜けない刺だ。
「おい! 玲子の気がふれたぞ」
彼はそう言って、百合子を呼んだのだ。
あの子は、おかしい。
子供のころから、踊り、歌い、ぼんやりしていると、父は言う。
理解不能な性質は「あの女」に似たのだと。
自分が父の学生時代にできた子供だと、
物ごころついたころには、玲子は知っていた。
同居していた父の妹、叔母の可奈が、
子守唄がわりに愚痴を聴かせていたからだ。
「まったく、鬼畜ね、あなたの親は。
まだ十五の子を妊娠させたんだから。
堕ろすつもりだったのに、手遅れだったのよ。
あちらさんは母子家庭だったし、
育てるのは無理じゃない。
うちはひとりやふたり、赤ん坊が増えても変わらない
なんてお父さん、あんたのおじいちゃんね、言ってたけど。
あのころはうちの経営規模も、まだ大きくなかったから、
働き手が増えたくらいに思ってたんじゃない?
でも、面倒みるのは誰だと思ってんのよ。
治子さんが子守にくるまで、あたし、おしめ替えてたんだから。
あなた、感謝してよね」
おおむね、そんなところだった。
その言葉を玲子が理解したのは、
もっとあとのことだろう。
成長するに従って、叔母のあたりは、
さらにきつくなっていった。
「玲子ちゃんの成長は、はやいわね。
やはり、あちらさんの血ね」
そう言いながら、カッターナイフを
手首に当てられた。
「兄さんの冷血とおんなじ。
あちらさんの、淫乱とおんなじ」
たくみに場所を変えながら、す、と傷を作るのだ。
それが幼いころから、日課のように行われるので、
玲子はあらがうことを思いつかなかった。
慣れて、痛いとすら感じない。
百合子も父もどちらかというと、小柄なほうだが、
玲子は背が高く、胸のふくらみもはやかったのも、
気にくわないようだった。
叔母はそのふくらみを、つかんで笑った。
「あたしより、大きい」
十歳のとき、父が百合子と結婚をした。
彼女は父の会社で秘書をしていた。
思春期になってからは、
あまり食べられなくなった。
義弟ができたのは、そのころだ。
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